NOVEL REVIEW
<2003年08月[後半]>
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08/31 『ハーモナイザー・エリオン やるときゃやるぜ!魔法使い』 著者:吉村夜/富士見ファンタジア文庫
08/30 『鞍馬天狗草紙 一 満月を喰らうもの』 著者:成田良美/富士見ファンタジア文庫
08/29 『攻撃天使3 〜サイレントフレイム〜』 著者:高瀬ユウヤ/富士見ファンタジア文庫
08/27 『悪魔のミカタ10 It/スタンドバイ』 著者:うえお久光/電撃文庫
08/26 『イリヤの空、UFOの夏 その4』 著者:秋山瑞人/電撃文庫
08/25 『バッカーノ! 1931 鈍行編 The Grand Punk Railroad』 著者:成田良悟/電撃文庫
08/24 『キーリIII 惑星へ往く囚人たち』 著者:壁井ユカコ/電撃文庫
08/23 『天国に涙はいらない9 ふんどし汁繁盛記』 著者:佐藤ケイ/電撃文庫
08/23 『Astral』 著者:今田隆文/電撃文庫


2003/08/31(日)ハーモナイザー・エリオン やるときゃやるぜ!魔法使い

(刊行年月 H15.08)★★★★ [著者:吉村夜/イラスト:ことぶきつかさ/富士見書房 富士見ファンタジア文庫]→【
bk1】  シリーズ第3巻。宮廷魔法使いに取り立ててもらった直後に難事件解決で一躍有名大出 世、その上これまで金に意地汚くせこく生きながら夢にまで見た給料という名の大金取得 で前途洋々未来はバラ色。あとは奇麗サッパリ借金完済すればこれまでの苦難が報われる 所までトントン拍子にやってきてしまった調和術師エリオン。  ここでふと初期の頃の彼の性質――世の中『金が全て』の信念でせこく意地汚く見苦し く浅ましく金に執着し続けていた姿を思い返しながら行く先を考えてみる。で「絶対こい つは裕福になると金の魅力に取り付かれ溺れるような奴だ」なんて所に繋がり、そこから 想像出来るのは大きな落とし穴がどこかで口を開いて待ち構えているのだろうという事。  これまでがあまりに上手く行き過ぎな為、結局また“振り出し付近に戻る”で借金返済 に奔走する生活が繰り返されるのかな? と、この巻を読む前は思ってました。  ところが、眺めてる分には面白可笑しくても決して金の亡者の如き心根には同調出来な かった1巻でのエリオンと、今回のエリオンは全くの別人……そう思わず疑いたくなって しまう程に格好良過ぎでした今回の彼は。感情移入度も比較出来ないくらい高かった。  少なからず驚かされたのは、特に大金を得た事で堕落するような危惧していた方向とは 全く逆に働いていたエリオンの信念。時折性格的なせこさが顔を出したりもしてますが、 大金を給料や支度金として貰い受ける宮廷魔法使いは相応の義務と責任を負う立場にある のだと、周囲の同志から学んで精神的に著しい成長を遂げる姿は実に好感持てるものでし た。却って大金を得た事が功を奏して自身のお金の問題と冷静に向き合えるようになった のかどうか。とにかく、お金に対するエリオンの複雑な想いの深さってのが物語に大きな 影響を与えているんだなと、良い意味で改めて思い知らされたような気分でした。  驚いたと言えば、よもや事が国家レベルまで膨れ上がってしまうなんてのも全く思って も見なかった事。詳細はまだ闇に包まれているけれど、怨念感じさせるだけの何らかの野 望を抱いている風なゼロニアとイヴルもいよいよ表立って動き始めたし、ランドラとアロ マの女の戦いもエリオンそっちのけで静かな火花を散らし合ってるしで盛り上がりも絶好 調。次巻が非常に待ち遠しいです。最後にひとつ良かった事、エリオンにとって決意の旅 立ちの前に一つの憂いが解消された事で気分も軽やかになったんじゃないかなと。  既刊感想:借金だらけの魔法使い       ツキをつかんだ?魔法使い 2003/08/30(土)鞍馬天狗草紙 一 満月を喰らうもの
(刊行年月 H15.08)★★★☆ [著者:成田良美/イラスト:山本ヤマト/富士見書房 富士見ファンタジア文庫]→【
bk1】  時は平安、鞍馬の山を守護する鞍馬天狗の物語。鞍馬天狗は人間として生を受けた事に 何の疑いも持たず育った高貴な家柄の少年・天翔丸。人間として生きる事も大好きな母上 や信頼のおける従者や友達に囲まれた穏やかな暮らしも宝物の笛も、大切なもの全てを失 った憤りと苦渋と悲しみ、そしてそれらを奪った陽炎への煮えたぎるような憎悪と復讐心 など、胸に堪える程の天翔丸のの感情の起伏は実に良い感じで描かれてたと思います。  天翔丸はなかなか気持ちが吹っ切れなさそうな感じで、鞍馬天狗としての能力が開花す るのも現時点の状況を見る限りまだ先の話。なので彼の成長と葛藤の繰り返しが本当に面 白くなって来るのは次巻以降かも知れない。  身分の主従関係に戦闘訓練の師弟関係、それから命を狙う者と狙われる者の関係、と天 翔丸と複雑な関係になっている陽炎の存在も、その心の内は闇に包まれているの油断なら ない。る所。容赦なく厳しいようでさり気なく優しさを見せている……とはならないのが 一癖も二癖もある陽炎らしさ。天翔丸の育成も、全て自分自身の何らかの願望の為に行っ ているような素振りをラストで見せているのがどうにも気になる所で次巻に期待(しかし 富士見の場合、ちゃんと続き出るかどうかが大きな問題なんだよなぁ)。  小説の内容に触れる前の興味で新人さんかな? と思って検索してみたらどうやら本職 はアニメ脚本家な方だそうな。数年前から現在に至るまでかなり手広くアニメ作品の脚本 に携わっているのには、知らなかった私は眺めつつ「へぇ〜」とか言ってばかりでした。  分り易いので「ちびまる子ちゃん」とか「おジャ魔女どれみ」とか、ごく最近で挙げる と「明日のナージャ」に「金色のガッシュベル」などの脚本も手掛けられています。  で、アニメ脚本の方が小説媒体で文章を書いた作品は以前にも何度か読んでいて、印象 としては良かったのよりあんまり芳しくなかった方の作品が多かったと記憶してたせいか、 読む前から少々不安があったり。それでも全部が全部イマイチなわけはないので偏見の目 はなるべく捨てて読んでみました……と言っても最初作者さんのプロフィール知らなかっ たからか、先入観抜きで文章的に変な引っ掛かりはほとんど無かったのですが。試しに再 読してみて、指摘されたら「それらしい」って印象は抱いたとしても別段足枷にはならず、 文章にも物語にも割と素直に入って行けたかなと。 2003/08/29(金)攻撃天使3 〜サイレントフレイム〜
(刊行年月 H15.08)★★★ [著者:高瀬ユウヤ/イラスト:森田柚花/富士見書房 富士見ファンタジア文庫]→【
bk1】  天使である百川達にとって、目指すべき場所と為すべき目的と相対すべき敵などが前巻 までで一応出揃い、そこからようやく物語が面白く興味を持てる展開へ動き始めるのかな と期待と不安半々で臨んでみた今回……も、やっぱりイマイチ含みな内容でした。  海を渡って元々の居住していた香港へと戻り、そこから敵対するミラン・ベルティール の待つガリア共同体へと向かうのが主な行程で、ミランと彼が支配する彩の闇の心から生 み出された“黒い彩”をどうにかするのが百川達の当面の目的。  しかし、目的指標が決まって「さあ行くぞ!」と意気込みを見せてる所からして、もう ちょい早い進展具合になるのかなと思いきや、港町の事件絡みで香港行きの船が出せずと いきなり足止め喰らってます。それはそれで前後を繋ぐ中継的な巻として描かれているな ら不満も何も無かったんですけど、本当に本筋と全然絡みそうもない今回限りのものがほ とんど。僅かに出番のあったミランと素性が語られなかった黒服の天使(これって1巻で 死んだと思われていたあの男?)は、折角数少ない興味を引かせてくれる存在だったのに 百川達とは直接的に顔合わせが無く、黒い彩も充電期間が必要でまだ本格的に動けないの か一切の顔出しも無かったので、せめてこう次に関連するような何らかの要素を色々と絡 めてくれてたなと。それならたとえ立ち止まって本筋から脇道に逸れるような中継ぎ展開 だとしても、惹き込まれる所はもっと多く得られていたと思う。  ただ、それより何より3巻まで重ねてるのにキャラクターの感情描写の浅さと薄っぺら さが1巻の頃から何ら変わっておらず、成長の跡がちっとも見られない所に不満を感じて いるのが最も大きいんですよね(これ毎回感想書いて充分過ぎるくらい分ってるんだけど、 巻を重ねていけばその内……と期待込めてる部分なんだけどなぁ)。隅々まで突きながら 些細な事まで余計に愚痴が零れてしまうのは、でっかい不満感のせいでちょっとでも気に なる箇所までついつい指摘してしまいたくなるという類のもの。  百川の人間を殺す事に対しての葛藤も、彩の皆を守れるだけの力が欲しいという強い渇 望も、物語の流れに沿って良い感じで挿入されているのに、肝心の心理描写が上辺だけな ぞった程度にしか感じられないので深い所が全然響いてこない。百川の左腕の異変だとか 一緒に持って行く事にした錆びた剣の事だとか、他にも前述の黒服の天使の素性やミラン と黒い彩の動向など、気にしなければならない事は意外と多く散らばっているのでまだ追 うのを止めようとは思ってませんが……内容的には厳しいと言わざるを得ない。  既刊感想: 2003/08/27(水)悪魔のミカタ10 It/スタンドバイ
(刊行年月 H15.08)★★★☆ [著者:うえお久光/イラスト:藤田香/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  コウがグレイテストオリオン(5巻)の後からドッグデイズを過ごしてた時(8〜9巻) までの間に、じゃあ他の人達は何をしていたのでしょうか? な側面を描いたものが大部 分。と言う訳でコウはあんまし出番無しの今回、綾とジィがえらく贔屓されてたような気 がしました。まあジィは表紙飾ってた事だし、綾はグレイテストオリオン以降存在感と重 要度が急上昇してるので、優遇されるのも頷ける所ではありますが。  キャラ描写としては主にイハナ、小鳥遊、綾、奈々那、ジィ辺り。中身は短編集のよう な構成ですが、時間の流れはちょっと特殊で捻くれているような感じ。コウ&イハナ(+ おまけでアトリ)のプロローグ&エピローグは前巻ラストの直後より繋がっていて、対し てグレイテストオリオン直後より語られている小鳥遊&綾のエピソードから、順を追って 現在の時間軸へ近付くように描かれていたのかなと。  しかしこの真っ直ぐでない構成は説明抜きで唐突にやられたもんで「そういうことか」 と掴むまで面食らってしまったのと、ほぼどのエピソード上にも伏線らしきものがやたら と張り巡らされていたのに引っ掛かりを覚えた事。何だか以前ミステリを意識した作りで 謎を抱え込みまくってた癖が、またにょきにょきと頭をもたげていたのが少し気になった りしました。これが構成の妙で面白いと手応えを得られている今の内は全然問題ないんで すけど、前後左右上下どこを見渡しても謎だらけになってしまうと息詰まりを起こして苦 しくなってしまうと思うので。もっとも、今回が“溜め”の段階なのは明らかだから、こ の辺の不安はあまり抱いてないかな? 次巻以降できっちり解消してくれるでしょう。  もう一つの最重要ポイントとして、この物語の全ての謎を知り尽くしているような素振 りさえ見せる、吸血鬼『ザ・ワン』の存在。こっちも『ザ・ワン』そのものについても、 彼が今後誰とどう関わり誰の味方で誰の敵になるのかなどが相当に不確か。ただ、コウの 知らない所で一気に『悪魔のミカタ』について核心に触れそうな勢いを兼ね備えているよ うなので、これはもう慌てず騒がず黙って素直に次巻待ちです。  補足で今回のタイトルになってる『スタンドバイ』の意味。standby=スタンバイ=準 備もしくは準備完了と思ってたのですが、どうやらあとがき読んだ感じそれとはまた違っ た意味で用いられていたようで。でも準備完了としても内容にはよく合っていると思う。  既刊感想: 2003/08/26(火)イリヤの空、UFOの夏 その4
(刊行年月 H15.08)★★★★☆ [著者:秋山瑞人/イラスト:駒都えーじ/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  シリーズ完結の最終巻。以下全部ネタバレ反転で。  今回について少々。僅かに穏やかに過ごせた時間もそれはかりそめのものでしかなく、 伊里野と浅羽の逃避行の果てにあったのは、ただどうしようもない絶望感と喪失感だけ。  今回の二人だけの遅い夏休みは硝子のような脆さばかりを有していて、それが粉々に割 れて破片がグサグサと突き刺さるような鋭い痛みばかりを与えてくれたような印象。特に 浅羽の態度はおおよそマイナスにしか傾かない要素をありったけ吐き出してくれていて、 その感情があまりにリアル過ぎて痛々しい以上に寒気と怖気を感じる程でした。  戦争の背景だとか軍の情勢だとかが最後まで詳しく描かれないままだったのは、結局そ れは伊里野と浅羽にとって雰囲気を醸し出す為のBGM程度の重要性と価値しかなくて、 だからわざわざ詳細まで描く必要が無かったのではないかと解釈しています。  結末について。例えばゲームで言う所の『伊里野加奈・バッドエンド1』とかって感じ でしょうか。違うのは、バッドエンド2とか3とか間違っても『伊里野加奈・ハッピーエ ンド』なんて分岐は絶対に有り得ないという事。単純に「このエピローグはどうよ?」と 聞かれたら、まず間違いなく「こんなのは面白くも楽しくも嬉しくもなんともない」と返 答するんじゃないかと思う。ハッピーエンド至上主義とかじゃないけれど、自分が最後に (主に伊里野に)こうであって欲しいと願っていたのは少なくともこれではなかったから。  ただ、3巻目辺りから漂い始めていたどうしようもなく絶望感に満ち溢れた雰囲気を最 後までずっと目の当たりにしていたら、たとえ悔しさに歯噛みしようとも可能性としては この結末が最も有力……と言うよりもうこれに落ち着くだろうとしか考えられなかったん ですよね。そう踏まえていながら伊里野が浅羽の隣りへ帰って来るような希望を抱いてし まったのは、無駄な悪足掻きやら些細な抵抗心やらがごっちゃになったようなもの。  だから到底嬉しいわけはないのですが、これまでのストーリーからこの結末を導き出し た事に関しては物凄く納得させられる部分が大きかったです。勝手に未来予測をしたけれ ばするだけならタダで幾らでも出来るけれども、個人的にはあまり希望的観念を抱く気に はなれない。結末に納得しているのも理由の一つですが、別の理由はこれで下手に願望を 持ってしまったら、浅羽の最後の最後で見せた意思がぺしゃんこに潰れてしまいそうな気 がしたので。“自分の手で幕を引いてこの夏を終わらせなければならない”と言っている のだから浅羽の意思を立てて尊重してあげたいですよ。せめてこの先の想像は、彼が「本 当にこの夏が終わったんだ」と実感を込めて言えるような所までで留めておきたいなと。  既刊感想:その1その2その3 2003/08/25(月)バッカーノ! 1931 鈍行編 The Grand Punk Railroad
(刊行年月 H15.08)★★★★ [著者:成田良悟/イラスト:エナミカツミ/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  シリーズ第2巻。1巻は話としては既に完結している為、それから続くような繋がりで はないのでストーリー展開は全く別モノ。もっとも、引き続いて登場のアイザック&ミリ アのバカップルはまた主要キャラ級の扱いだし、フィーロやエニスにガンドール三兄弟も 脇役で出演しているので、今回から手を出してもハンデを背負う事は少ないような気もし ますが、前作から読んでいた方が再登場のキャラクター達(個人的には特にバカップルの 2人)に愛着が湧いてる分だけ多く楽しみながら読めるのではないでしょうか。  この『鈍行編』と次巻『特急編』の二編で一つにまとまるような二部構成。ただ、続き 物で前後編形式ではなく、どちらも同じ舞台同じストーリー同じキャラクターを用意しな がらそれぞれ別の視点から物語を追うというちょっと特殊な形式。つまり『鈍行編』を追 っているだけでは見えなかったり分からなかったり意味不明だったりしてたものが、『特 急編』を読んだ時に初めて明確に理解出来るような仕掛けが張り巡らされている。  特殊ってのは双方向視点の手法の事ではなくて、それを2冊に分冊してやってしまおう としている所(ありそうなようであんまりないんじゃないかな?)。これは読んでいて整 合を取るのがもの凄く大変と感じたのですが、成功してるか否かは正直『特急編』を読ん でみなければ判断下すのは難しい。それでも今回だけで見るならば、前巻同様に絶妙な構 成は健在だったので、大きな破綻も見当たらずうまい具合に進んでいると思います。  大陸横断鉄道をひた走る列車のイメージは映像的な印象だったのに対して、列車内で繰 り広げられる騒動はまるで演劇を眺めているようで、そういうのを抱いた時に「ああ、こ の面白さって舞台劇みないなものなのかも」と。一幕ごとに目まぐるしく変化するシーン と状況とキャラクター達のおかれている立場などを、舞台役者全員がそれぞれの役になり 切り精一杯の演技表現で客(読者)に応えているような感覚をこの物語から受けました。  誰が主役かは、一丸となってストーリーを形成する為には誰一人欠けても成り立たなさ そうな事を考えると、やっぱり“全員”ってのが一番合っていると思う。  今回は形式上あえて意図的に最後まで解かれる事のなかった謎が幾つも残されてしまっ てます。これが普通なら不満が募ったり詰まらなさが尾を引いたりするものなのですが、 最初から謎の提示が『鈍行編』、それの解決編が『特急編』と異なる視点で描く事を目的 としてるのが分かっているのでそうはならない。読み終わった時点でとにかく早く『特急 編』が読みたい……と難なく読み手に思わせてしまう時点でもう成功を収めているのかも 知れない。不明瞭だった部分をどう『特急編』で纏めてみせてくれるのか楽しみです。  既刊感想:The Rolling Bootlegs 2003/08/24(日)キーリIII 惑星へ往く囚人たち
(刊行年月 H15.08)★★★★ [著者:壁井ユカコ/イラスト:田上俊介/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  1巻であった連作短編形式のような感触は、2巻から3巻にかけて徐々に変化しつつあ るようで。等間隔に区切りを入れているのは同様ですが、最初の頃のような幾つかの異な る短編が寄り添う構成に対して、今回のは1話1話の前後が密接に繋がり合って大きなひ とつのエピソードとなる長編タイプの構成。なので読了した時点での手応えにちょっとし た違いが感じられたりもしました。構築の仕方が違うので当り前と言えば当り前の事だけ ど、一品料理をちまちま食べるのと特盛りのメインディッシュを一気に食らうのと、読書 感覚を腹の溜まり具合に置き換えてみればそんな程度の違い。  最初からこれまでとはハッキリと何かが違っているように思えたのも当然で、それは鉄 道から砂上船と常に旅をしながら移動を続けていたのが、炭鉱の街に幾日も滞在するよう な内容だったから。『着の身着のまま』の旅と『腰を落ち着けて』の安アパート暮らしと の日常生活の“匂い”がまるで異なっているわけです。これに関して、ハーヴェイはぐだ ぐだとうざったそうに文句たれながらも結局しばらくはキーリや兵長と連れ立って、何ら かの交通機関を利用してかもしくは徒歩での旅程を描くものと思っていたので、少々予想 の枠外だったかなという印象でした。  一所に留まる時間が長ければ長い程、自然と頭の中に渦巻く思考は質量を増してゆく事 になり、前に進めず立ち止まり振り返ろうとする機会も多くなってしまう。それが今のキ ーリとハーヴェイと兵長には必要であると思わせてくれるような滞在期間。  相変わらずキーリは余計な事に首を突っ込みたがり、ハーヴェイは面倒臭がりで特に今 回苛立ちを覚えるくらいに煮え切らず、兵長はキーリ寄りでハーヴェイに説教たれまくり な日常。ただ、歩みを止めた事で自分と相手に向き合う余裕が生まれたのかどうか、キー リとハーヴェイの絆が深く強固なものと改めて思い知らされた感情描写は実に良いもので した。どっちも表現の仕方が不器用過ぎなのも妙に微笑ましいです。  連れと住居を共にしながらアルバイトをこなしているキーリの姿には、軽い驚きを覚え るくらいしっかりした生活感が見られて、彼女でなくてもずっとこんな退屈さえ抱くよう な穏やかな日々が続けばいいなと思ってしまう。でもやっぱりそれは僅か一時のものであ って、これもまだまだ先延ばしになるかと思っていたターニングポイントが今回のラスト で早々に訪れています。一つの山を越える為の転換期なのか? それともこのまま完結に 向かうべくの転換期なのか? 展開が展開なだけに続きが非常に気になる所。  既刊感想:II 2003/08/23(土)天国に涙はいらない9 ふんどし汁繁盛記
(刊行年月 H15.08)★★★☆ [著者:佐藤ケイ/イラスト:さがのあおい/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  前巻あとがきでの予告通り、幾人かのキャラクターを主役へと引っ張り上げて描かれた 短編集全4編(プラスおまけ少々)。タイトルを鵜呑みにしていくと、表向きは加茂、菜 間、律子、葉子がそれぞれ1話ずつ主人公を張る事になってます。どの話にも印象に残る 色があり、シリアスとギャグとコメディが万遍なく散りばめられているので、バラエティ ーに富んでいて退屈せずに楽しめました。以下、各話簡潔雑感。 ・肉人形恥辱の体育倉庫  賀茂篇。これは一体どこぞの18禁ゲームですか? と、かなり紛らわしく誤解を招き そうなタイトル見て思ったのは私だけじゃない筈。大体が“縦笛なめなめ”ってとこから イカレた展開だろうと想像はあって確かにタイトルに沿った内容。でもやっぱりこんな結 末か。何だかいつにも増してあまりに賀茂が報われなさ過ぎて涙が……。 ・ふんどし汁繁盛記  菜間篇。倒壊寸前の料理屋を切り盛りする少女を、とある切っ掛けで知り合ったベリア ルこと菜間尺八郎が救いの手を差し伸べる人情味溢れるエピソード……と思ってました途 中までは。綺麗に終わらないってのはこのタイトルで分かり切ってましたが、比喩でなく 菜間が一肌脱いで手助けしてしまうのには正直ちょっと引いてしまった。たとえそれを華 夢理がやったとしても。抵抗抱いた時点で男気屋の常連さんにはなれそうにないです。 ・誇りの代償  律子篇、と思わせておいて真の主役は真央。律子の『オマエ一体何モンだ?』度数が更 に上昇。訳分からんコネやツテがやたらと多く顔が広いのを目の当たりにすると、本当に どんな日常生活送ってんのか真剣に見せて欲しいとか思ってしまう。明らかに律子の思考 の方が激しくズレているのに、いつの間にか正当化されてしまってる所が最強の証のよう な気がする。殺し屋ルッベと真央の交流は心温まるもので良い感じでした。 ・五十年恋歌念仏<お梅狂乱>  葉子篇。最初ふざけ半分お気楽気分で進みながら、徐々にシリアスモードへ入って最後 にしんみりと泣かせて落とすいい話。今回の中では最も“まとも”な内容(と言うより他 のがおかし過ぎる)な為、インパクトで一歩及ばないというあおりを食らってしまってま すが、個人的にはこれが一番好きです。葉子が絡むと面白いと感じられるのは単にキャラ の好みだけではなくて、彼女自身が物語を盛り上げてくれる要素を多く抱えてる所がある からかも知れない。今後の展開に掛かってくるとしたら、この葉子の行く先が可能性高い と思うので、果たして本編での再登場した時に賀茂とどう絡むのか? ・アブデルと閻魔さま  どっちも好き勝手ほざいてます。が、実は全体的に見て最も面白かったというオチ。  既刊感想: 2003/08/23(土)Astral
(刊行年月 H15.08)★★★★ [著者:今田隆文/イラスト:ともぞ/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  交通事故が切っ掛けで気が付いたら幽霊の姿を見て感じられるようになってしまってい た主人公と、現世に何らかの強い未練や無念を残したまま成仏出来ないでいる少女達との 交流を描いた連作短編ストーリー。電撃hp誌上で掲載された4編と、最後にそれらを後 日談としてまとめた書き下ろしの短編が収録されています。  幽霊話とは言っても恐怖感を掻き立てるようなホラーとは全く趣が異なっていて(そう いうのがあるとすれば1話目に僅かだけ)、大抵どれも未練を残して志半ばで死を遂げて しまった幽霊達の様々な感情や想いの深さが、読んでいてじんわりと染み入って来るよう なエピソード。それは主人公・須玉明に直接深く関わって来るものもあれば、偶然の成り 行きで接点を持つものもあったりなど色々だけれど、全てに共通しているのは幽霊達は皆 が明とほぼ同世代の少女だという事。  登場する4人の幽霊少女は、容姿も性格も現世に置き去りにしたままの未練の内容もそ れぞれですが、遂げられなかった想いが現世で最も大切に想っていた人(達)に対して向 けられているのは4人とも一緒。そんなだから誰を挙げても抱いている気持ちが生半可な ものではなくて、多感な時期に死を迎えてしまった少女の多岐に渡る感情と浮かべて見せ てくれた表情の数々が、実にうまく描かれているなと思いました。どのエピソードにして も非常に読後感が良く穏やかで清々しい気持ちにさせてくれるのは好印象。明を介して感 じられる微妙で繊細な少女達の“心の揺れ”が堪らないです。  べた褒めだけはないので注文を。何らかの事柄によって霊的なものが見えたり感じられ たりする設定は結構ありそうなので、交通事故が原因ならば何故明に見えるようになった かの理由も、漠然としたものではない明確な何かを付けて欲しかったかな(偶然とか、後 天的な能力が開花したとか、幽霊の方が明に強く呼び掛けたせいとか)。  もうひとつ、何故明に関わる幽霊は“同年代の少女”ばかりなのか? これはもう『そ ういう話だから』と断言されてしまっては何も言えないですけど。幽霊と一括りにしても 老若男女様々が存在するだろうし、もし明が制約無しで誰でも見えるのだとしたら、必ず しも関わるのが少女だけとは限らないのでは……と思ったので。まあやっかみ含みで余計 な言い掛かりってのは自覚してますが、これなら“年齢の近い少女霊だけしか見えない” と制約をくっ付けた方が説得力あったかなという気もしました。  もっとも、方向性は“明と同年代の少女霊との触れ合い”とがっちり固まっているし、 誌上連載の方も続いているようなので、今後は性質の異なる幽霊の存在を沢山見せてくれ ると共に、今回余り触れられなかった柚と両親と明の関わりについても詳しく描いて欲し いです(柚の想いにだけ鈍感の極みな明には思わず蹴り入れたくなってしまった)。


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