NOVEL REVIEW
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07/31 『こちら、郵政省特別配達課!』 著者:小川一水/ソノラマノベルス
07/28 『本格推理委員会』 著者:日向まさみち/産業編集センター
07/25 『さよなら妖精』 著者:米澤穂信/東京創元社
07/24 『【新釈】走れメロス 他四篇』 著者:森見登美彦/祥伝社
07/22 『一瞬の風になれ 第一部 ――イチニツイテ――』 著者:佐藤多佳子/講談社
07/22 『エンジェル・ウィスパー』 著者:山科千晶/メディアワークス
07/20 『カナスピカ』 著者:秋田禎信/講談社
07/19 『バッテリー』 著者:あさのあつこ/角川文庫
07/19 『魔女を忘れてる』 著者:小林めぐみ/富士見書房
07/17 『赤石沢教室の実験』 著者:田代裕彦/富士見書房


2007/07/31(火)こちら、郵政省特別配達課!

(刊行年月 2005.12)★★★★★★★★☆☆(8/10) [著者:小川一水/イラスト:こいでたく/朝日ソノラマ ソノラマノベルス]→【bk1】  文庫二冊分を新書一冊に纏めて二部構成に仕上げたもの。初っ端からいきなり巨大切手 を貼り付け家一軒配達してみせる、という暴挙にも快挙にもとれる特配課の行為に度肝を 抜かれた。いや、しかしこれは……想像上のお話だと頭で分かっちゃいるんだけど、読ん でいると本当に現実世界でも特配課みたいなのがありそうだ、こんな無茶苦茶な仕事振り の連続だったらすげぇ面白いよな、とか平気で思わせてくれる辺りが物凄い所かと。  前半は特配課の能力を最大限に活用し一筋縄ではいかない幾つかの配達風景を描いたも ので、後半は乗っ取られた特配課の奪還と特配課存続の意義を追いかけてゆくもの。どち らも楽しみ要素が満載なんだけど、私は前半の方が好きだったかなぁ? こっちは“特配 の仕事”を見せる事に重点を置いていたから、常に「今回はどんな依頼(荷物)だろう?」 とか「どんな手段で運ぶんだろう?」なんて事を考える楽しみがあったんだよね。後半の 方は箱根近辺でのカーレースに京都での郵便配達など、興味薄だったり地理に疎かったり で、よーく吟味しても充分に楽しむ事が出来なかったから。そこだけがちと悔しい。 2007/07/28(土)本格推理委員会
(刊行年月 2004.07)★★★★★★★☆☆☆(7/10) [著者:日向まさみち/カバーイラスト:壱河きづく/産業編集センター]→【bk1】  ピアノの音を奏でたのが幽霊でもなんでもなく、ちゃんと生きている人間が真犯人であ り、探偵役が謎解き披露して真相に辿り着くまでは素直に読めたのだけど、ふと「そうい や真犯人が事を起こした動機って何だったっけ?」と考え込んだらそこでピタッと足が止 まってしまった。後で読み直して「あ、そゆ事ね」と納得出来たけれども、この真犯人に はこちらが恐れをなす程に、もっと感情剥き出しの本心曝け出しで迫ってくれてたら良か ったかなぁと(もっとも、そういう方向には行き難い要素も色々あるんだけどね)。  これまで自分自身から必死で逃げて逃げて逃げ続けて来た人達が、何かの切っ掛けを掴 んで逃げずに正面を向けるようになるまでの物語、と解釈して飲み込んだが……さてどう だろう? 幽霊は犯人なんかじゃない。霊的現象で何か事が起こる訳はないし、そもそも 霊的現象なんてものは幻でしかない。それが修の言い分。ただ、“逃避”から脱却する切 っ掛けをくれたのは少女の霊だと、そんな風に信じてみてもいいかなと、少しだけ違う見 方が出来るようになった修の前進が心地良く心に残る終幕。そして、私は本当の意味での 終幕と思っているプロローグ。……あー正直途中で何度も修の事「鬱陶しい野郎だな!」 とかけちょんけちょんに言ってたな。でも、最後にようやく好きになれたみたい。 2007/07/25(水)さよなら妖精
(刊行年月 2004.02)★★★★★★★★★☆(9/10) [著者:米澤穂信/東京創元社 ミステリ・フロンティア]→【bk1】  マーヤに惚れた。とことん惚れた。感情表現は喜怒哀楽の内『喜』と『楽』が殆どで、 稀に(その時点では)理由の分からない『哀』を垣間見せる事もあるけれど、基本は知的 探究心旺盛で裏表が無く、眺めていて非常に心地の良い性格。こんなに無邪気に「あれは 何?」「これは何?」と常に真っ直ぐな瞳を向けて頼られたら、放ってなんかおけないだ ろう。ねえ守屋君? 予期せぬ迷子デートではニヤニヤが止まりませんでしたよ。  それ程マーヤに惹かれていたからなのか……終盤で真相を目の当たりにした瞬間、どん な気持ちになればいいのか分からなかった。どんな表情を浮かべればいいのか全然分から なかった。守屋自身が平和的な解答で誤魔化せなかった時点で、多少の予感は抱いていた のかも知れないけれど、きっと「そうであって欲しくない」って気持ちのせいで目を逸ら してしまってたんだろうなぁ……。守屋みたいな決断はそうそう下せない。マーヤの生き 方に憧れ心惹かれ、別れて一年経っても彼女の姿が鮮明に残り続けていたからこその決断 だったと思う。決断を語った直後に太刀洗から真相を告げられ、その後決断が頓挫したの か遂行されたのかは分からない。ただ、守屋にはいつかきっとマーヤとの出逢いから彼の 心に住み着いた風景――ユーゴスラヴィアの地を直に踏み締めその目で確かめて欲しい。 2007/07/24(火)【新釈】走れメロス 他四篇
(刊行年月 H19.03)★★★★★★★★☆☆(8/10) [著者:森見登美彦/祥伝社]→【bk1】  古典文学の新しい解釈。どこか奇妙で面白可笑しい。何となくだけど明治大正時代っぽ い感触を得た。でも別に時代設定が直に描かれてるわけでもなくて。DVDってアイテム の登場を確認した時点で「あ〜これって現代の舞台背景なのかぁ」と気付かされる。  原典を殆ど知らない。京都の街並みや風情を知らない。どちらとも直ぐに知ろうとする 事は出来なかったので仕方ないのだけど、知識得ている場合と比べて何割かは確実に損を してるんじゃないだろかと。そこら辺がちと悔しい。だって、唯一大雑把なあらすじだけ は知ってた『走れメロス』がめちゃくちゃ面白かったんだもん。感覚としては、捻れに捻 れた挙句360度回転して元に戻ったという具合。見えている景色(物語の中で主張して いる事)は一緒なんだけど、一回転分の“捻れ”が強烈な相違となって体中に刺激を与え てくれる。新釈のメロスは抱腹絶倒。あのメロスで抱腹絶倒。すげぇなぁと唸らされた。  でもまあ面白可笑しいばかりではなくて、『藪の中』のように真剣味を帯びた比較を描 いたものもあれば、『桜の森の満開の下』みたくじわりじわりと圧迫させられる息苦しさ を描いたものもあったりと多種多様でどれも印象に残る。んー、こうして改めて並べてみ ると、原典との比較とかそんなに深く考えなくても充分楽しめていたのかも知れない。 2007/07/22(日)一瞬の風になれ 第一部 ――イチニツイテ――
(刊行年月 2006.08)★★★★★★★★☆☆(8/10) [著者:佐藤多佳子/講談社]→【bk1】  ああ、何て本番に弱いトイレットマン。自分の立つ舞台が大き重要になればなるだけ緊 張感が増してしまう新二の気持ちは良く分かる。私もそういう傾向だからかね〜? 緊張 が良い方向に作用するんではなく悪い方へ行っちゃう感じで。ただ、この巻では本番前に トイレ駆け込みから脱却出来てないけど、徐々に良い緊張感を保てるようになって来てる よね。やっぱり経験の積み重ね、あとは好敵手の刺激が精神面のレベルアップに繋がって るんだろうな(この好敵手ってのは鷲谷高校の仙波とか高梨の事ね。連ではなくて)。  陸上競技のお話。まずはこんな感触。スポーツがテーマだと大抵知識無いのが不安材料 なんだけど、特に引っ掛かりは見当たらなかったのでひと安心(巻末の用語解説が有難か ったです)。大会が次へ次へと進んでくれるのでテンポが良く、その過程で新二自身の成 長がゆっくりながら着実に感じられる手応え。でもまだ強者達の足元にも及ばない。ここ からどんな感じで新二が連の背中に近付いて行くのか、その辺りをどう描いてくれるのか とても楽しみ。あとはちょっと悶々としてるらしい彼らに恋をさせてあげて下さい。 2007/07/22(日)エンジェル・ウィスパー
(刊行年月 2006.04)★★★★★★★★★☆(9/10) [著者:山科千晶/カバー・表紙イラスト:水那瀬/メディアワークス]→【bk1】  突然失踪してしまった弟・純也の行方と、彼が残したエンジェル・ウィスパーという単 語の謎を追う物語。そして、二年前の兄・森道の事故死から気持ちが通わなくなりバラバ ラになった家族の絆を修復しようとする物語でもある。まず手掛かりとなる外堀を充分に 埋め尽くしてからようやく純也の失踪へと近付いてゆく流れだったので、中だるみしない かと読みながら結構不安に思ってたのだけど、その辺は杞憂に終わりホッとした。  『エンジェル・ウィスパー』とは何の事か? について。そう呼ばれている“モノ”は 割と早い段階で明かされてたけれど、誰にどんな影響を与えるかって所がなかなか複雑怪 奇で面白い(タイトルにもなっている物語の核心に触れるモノなので、詳細は伏せておく 事にする)。純也の失踪とエンジェル・ウィスパーとを繋ぐ糸がハッキリ見えた時、数少 ない手掛かりを元に奔走を重ねた鷹次がようやく真相に辿り着いた時、気が付けば物凄い 勢いで惹き込まれてた。この終盤からエピローグに至るまでの展開は素晴らしく良いもの でした。結末を感じて“ふわぁっ”と心地良く力が抜けてしまったような、そんな気分。 2007/07/20(金)カナスピカ
(刊行年月 2007.06)★★★★★★★★☆☆(8/10) [著者:秋田禎信/講談社]→【bk1】  『カナスピカ』という固有名詞に何らかの意味が含まれているだろうか? と、物語を 追いながらずーっと考えてた。だってほら、“カナ”スピカと出逢った少女が“加奈”っ て、二人が同じものを持っているのって何となく意味深でないかい? まあこれだけで偶 然を運命と変換しようとして、幾ら何でも単純過ぎで考えなさ過ぎだろうが! と思わず 自己ツッコミしたくなってしまったのだけど。でも、一方で運命の出逢いと決め付けてお いた方が素敵な響きではないか……なんて思いもある。で、結局『カナスピカ』に含まれ る明確な意味は探り出せなかった。漠然としたものは頭に浮かんでるけど、サッパリ上手 く纏められないから「それなら別に分からないままでもいいか〜」ってな具合で。  人間の少女が空から落ちて来た人工衛星と“出逢って別れる”。途中で色々ありつつも、 最後にはこれだけが凝縮されてしっかりと自分の胸の中に残った。ただし、シンプルでも 凄く濃密なモノを得た感触。そして、読了後にどうしようもなく澄み切った青空を仰ぎた い衝動に駆られてしまった。もしもこの作品に触れた皆が空を仰いでみたら、何処かでカ ナスピカが見えるかも……なんて。有り得ないけど多分素敵な空想(と思っておく)。 2007/07/19(木)バッテリー
(刊行年月 H15.12)★★★★★★★★☆☆(8/10) [著者:あさのあつこ/角川書店 角川文庫]→【bk1】  手に取った理由……何となく? 立ち寄った書店でフェアやってたので何となく(と言 っても買ったのは結構前だけど)。あ〜そうだ、興味は抱いていても「野球の知識があん まし無いからなぁ」とか余計な事考えて敬遠気味になってたんだな。とりあえず1巻目に 関してはそういう心配は無用で、野球の知識があんまし無くても充分に楽しめた。  ピッチャー・原田巧。キャッチャー・永倉豪。二人の出逢いからバッテリーの組み始め まで。馴れ合いや他者と協調する事を疎ましく思い、あくまで自己中心の我が道を行く巧 と、それとは全く逆で誰の中へも親しみと愛嬌を込めてずかずかと遠慮なく入り込んで行 く豪。このまま進めば間違いなく巧は自身のペースを崩され、豪の性質に引き摺り込まれ てしまうんじゃないかなぁ? ……と、そんな風に思う一方で、他人から嫌われようが疎 まれようが、巧には自己中な我を目一杯前面に出して欲しい気持ちもある。この二人の関 係がどういう変化を遂げてゆくのか、続きを追うのが凄く楽しみになってきた。  ……でも、実は一番気に掛けているのは青波だったりする。真の意味での天才肌とは、 兄の巧ではなく弟の青波なのではないか、と。まあこの辺も頭の片隅で気に留めつつ。 2007/07/19(木)魔女を忘れてる
(刊行年月 H19.07)★★★★★★★★☆☆(8/10) [著者:小林めぐみ/富士見書房 Style−F]→【bk1】  魔女にまつわる様々な常識を超えた現象。路洋や郎人が目に映すもの。何が現実で何が 虚構なのか? 魔女と関わりを持った子供達の過去の出来事。まるで靄がかかったような おぼろげな記憶。どれが真実でどれが偽りなのか? そして、そもそも“魔女”とは一体 何なのか? 想像上の幻の“何か”なのか? それとも実体を持った“誰か”なのか?   深く深ーく、主に路洋と郎人の重い過去と感情の渦に引き摺り込まれるかのように、考 えに考えさせられてゆく。上記で述べたこれらの他に細かな所も様々で。実は最後の最後 まで曖昧なままの疑問点が幾つかあり、だからラストシーンまで何が起こるか分からなく て(=何かが起きそうな気がして)、何か見落としている事がありそうで息がつけない。  路洋にとって理解の範疇を超える事が起こると、その度に“ぞわぞわ”した気分にさせ られる。恐怖心と言っていいのかも知れないけれど、背筋が凍るとかの類ではなく、得体 の知れない何かに顔を撫でられる心地悪さみたいな、そんな感じ。とりわけ真の意味での “魔女”が判明したラストシーンはかなりキた。「うひゃー」ってなってしまった。 2007/07/17(火)赤石沢教室の実験
(刊行年月 H19.07)★★★★★★★★★☆(9/10) [著者:田代裕彦/富士見書房 Style−F]→【bk1】  凄く活き活きしてる! 著者の田代さんご自身のこの作品に取り組む姿勢や、読み手に 対して意識を向けている辺りとか、実に挑戦的かつ意欲的に感じられたなぁと。もっとも、 読んで触れて富士ミスの作品群と比較してみて得られた感触なので、こういうのは私の勝 手な解釈に過ぎないのだけれど。しかしこの作品の手応え、確実にこれまでの著作とは違 うものだと思う。最も近い所であとがきに挙げられていた『キリサキ』かな? ただし、 重量感はこちらの方が断然上。枷が外れたらここまでになるのか、と驚嘆させられた(い や、今まで“枷”と言える制約か何かがあったのかどうかは分からないけれど……)。  自らが望み、そして忌避する『死』とは一体何なのか? それを追求し続ける赤石沢宗 隆の独白は、一体現在の状況に何を投げ掛け、どんな影響を与えるのか? そして復讐の 為に“殺人を想像し続ける”片桐あゆみ。彼女の中に存在するもう一つの人格らしき『僕』 の存在は? 正体は? 真実は? ……こんな大量の“?”が途切れる事無く怒涛の如く 押し寄せてくる。仕掛けがあるのは分かっているんだけど、私はあんまし深く考えない質 なので結局「してやられた!」みたいになって、それでも充分納得満足なデキでした。  で、最後にひとつ。これも全くの想像でしかないのだけど、表紙カバーの鮮烈な『赤』 ……ラストシーンで「え、この色ってそういう意味……なの?」と衝撃を受けたのが物凄 く印象に残ってしまった。多分的外れな想像ではないと思うんだけど……どうだろうね。


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