NOVEL REVIEW
<2003年02月[中盤]>
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02/20 『キーリ 死者たちは荒野に眠る』 著者:壁井ユカコ/電撃文庫
02/18 『七姫物語』 著者:高野和/電撃文庫
02/16 『バッカーノ! The Rolling Bootlegs』 著者:成田良悟/電撃文庫
02/15 『吸血鬼のおしごと4 The Style of Mistress』 著者:鈴木鈴/電撃文庫
02/14 『吸血鬼のおしごと3 The Style of Specters』 著者:鈴木鈴/電撃文庫
02/13 『Missing7 合わせ鏡の物語・完結編』 著者:甲田学人/電撃文庫


2003/02/20(木)キーリ 死者たちは荒野に眠る

(刊行年月 H15.02)★★★★ [著者:壁井ユカコ/イラスト:田上俊介/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  第9回電撃ゲーム小説大賞『大賞』受賞作。  キャラクターの性質や世界観からはどうしても明るさを兼ね備えた開放的な空気をまと えず、どこか世界も人の心も退廃的な雰囲気と拭い切れない地味さを抱えている物語…… という印象。もっとも地味と言うのは、良い意味で物語の世界観を表現していて描写力の 高さが窺い知れたという事。寂寥感を多分に含んだ世界を背景に歩くキーリやハーヴェイ の性格からして、ラジオの兵長が声を張り上げた程度で流れる空気がぱぁっと明るくなり ようもないってのはあるのですが。読んでいて何気ない描写から、地味で自己主張しない 空気がじんわり染みて溶け込んで来るような……そういう世界観が凄く好きです。  序盤からベッカという少女の見せ方にうまさを感じたのが惹き込まれる始まりで、思い 返せば登場キャラクターに普通の人間があまり存在せず、キーリの旅は幽霊との一期一会 のようなもの。彼女がひとつの幽霊と触れ合う度に、死と最も縁遠い『不死人』ハーヴェ イの中へも少しずつ踏み込んで行き、最初面倒臭がってたハーヴェイも踏み込まれる事に 対して奇妙な心地良さを抱くようになる。  キーリは他人を避ける傾向でハーヴェイは端から無気力無関心。どちらかと言えば人間 と関わる事に抵抗を覚える二人なのに、間に幽霊が介入する事で互いの存在が徐々に膨ら んでゆく。そんなに意識してるわけでもないんだけど、旅の中でごく自然の成り行きに任 せて触れ合いを見せるキーリとハーヴェイの気持ちが心地良さとして残りました。  以下ネタバレ反転  終盤、ハーヴェイの生命を取り戻す為にキーリが行動を起こすシーンは、必死さを伴っ た心情が伝わってきて非常に読み応えありでした。が、もしこの1巻限りの物語にするの だとしたら、死という終着点を見つけたハーヴェイと思い残す事なく成仏した兵長がその ままキーリの思い出となって永遠に……で幕という展開も見てみたかったのが正直な所。  もっともそれだと物語的にはあまり救いがないので微妙な所だけど。ハーヴェイは彼を 必要とするキーリに影響され、兵長はそんな二人が心残りだから“生きる=この世界に存 在する”事を選択したのかも知れない。そうなるとどうも続きを意識してる気がしてなら ないのですが、読んでみたいという思いはあるので期待してみてもいいかな。 2003/02/18(火)七姫物語
(刊行年月 H15.02)★★★★ [著者:高野和/イラスト:尾谷おさむ/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  第9回電撃ゲーム小説大賞『金賞』受賞作。  7つの都市が国家統一をかけて互いに睨み合う緊張状態でありながら、ひとたび目線を たった一人の少女に置き換えると、こんなにも物語に流れる雰囲気だとか見える風景だと かが変化してしまうものなんだなと。まず読んでいて思ったのがそういうもので、実際隣 接都市の四宮との戦火が繰り広げられてる背景なのにもかかわらず、カラの視線はどこま でも優しさや穏やかさに満ち溢れてるのが何とも言えず不思議な感覚でした。    全編に渡ってカラの目線で見せてくれるので、まるで彼女と一体化したように全く同じ 視界ですんなり物語に溶け込めたシーンも数知れず、感情移入度も非常に高かったです。  カラが見たもの触れたもの感じたものが、読み手にとってもその時その時で絶え間なく 流れ込んでくるというのかな? 裏を返せば“カラの目線以外の範囲で彼女が分からない 事は描かれていない”となるわけで、詳しく語られなくて曖昧な箇所が結構あったかと思 われる点も、そう考えれば『カラが知らないあるいは見た事がないものはあえて描かない ようにした』という具合に納得出来てしまう(意図的にかどうかは分からないけど)。  これが普通だったら描写不足にも取れてしまう所、カラの一人称視点で目線を合わせた 描写だからこそ分からない曖昧さも説得力あるものとなってしまうから面白い。  逆にカラが最もよく知っているもの――テンとトエの二人やヒカゲの存在、それからカ センの自然風景が、誰よりも理解しているであろう彼女の視点を通して描かれているので 実に魅力的に感じられました。ただ、読んでいて物語のテンションがのんびりか退屈かで 微妙な所だったのですが、これはもう個人的嗜好に合うか合わないかの違いなので仕方な いでしょうね。  1作完結が条件の応募作ながらこの物語はもろに続きとなってるけれど、国家統一への 壮大な物語の1エピソードとして綺麗にまとまっているので別段気にはならなかったです。 むしろカラの成長と、テンとトエと三人で見る夢へどう進むのか続きを読んでみたい。 2003/02/16(日)バッカーノ! The Rolling Bootlegs
(刊行年月 H15.02)★★★★ [著者:成田良悟/イラスト:エナミカツミ/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  第9回電撃ゲーム小説大賞『金賞』受賞作。  緻密に計算されて散りばめられたシーン同士を連鎖するように繋げている、まるでパズ ルのような構成に見事に惹き込まれてしまいました。この作品を読み進める事がパズルを 組み立てているのと同じような気持ちだったのですが、それは読んで物語に浸るというよ りページをめくる読み手がバラバラのピースをはめ合わせて“物語を完成させてゆく”と いうもの。場面転換の多用を利点に変えて最大限に活かした展開にも唸らされました。  序盤にキャラクターを覚えるのと位置関係を把握するまで少々手間取ったけど、それも 最初どこから組み立てようかと考える段階であって楽しみのひとつと思えば納得にゆくも のだったし、隣り合うピースがちゃんと決まっているようにシーンの前後で何か関連性が あって連鎖を積み重ねる事で話が複雑に絡み合ってゆく。細切れのワンシーンとワンシー ンがパチリパチリと音を立てて噛み合う感覚が実に心地良くて面白かった。  それからこの物語、一体誰が主人公か? と言うのは幾通りかの捉え方が出来るかも知 れない。登場人物の誰でもないかあるいは逆に誰も皆が主人公であるとも思えるし、ある いは物語を聞かされた日本人の旅行者か彼らの物語を読む事で組み上げた読者なのか…… 色々でしょうけど、個人的には『誰もが主人公』が一番しっくりきたかな?  終盤の展開は何となく予想出来ていて、正直物語そのものに奇抜さや新鮮さというのは あまり感じられなかったけど、それを補って余りある構成の巧さ、誰も彼も強烈に印象に 残る奴らばかりだったキャラクター、それでこのどうしようもないバカ騒ぎを見せられて しまったら「充分に楽しませてもらったぞ」と納得して頷くしかないです。 2003/02/15(土)吸血鬼のおしごと4 The Style of Mistress
(刊行年月 H15.02)★★★★ [著者:鈴木鈴/イラスト:片瀬優/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  亮史の過去と直結する関係である上弦が満を持して登場。もう1巻から名前だけは幾度 となく見掛けるのに登場するのが遅いよ〜、とかいう愚痴がポロポロ出てしまいました。  これまで物語の端々で転がってた上弦に関する断片を掻き集めて、ああ亮史に多大な影 響を与える存在なんだろうなと。それならば、こう亮史自身に確固たる目的みたいなもの 余り感じられなかった物語が上弦の登場により大きく動きを見せるか? という想像と期 待感があって、それくらい彼女の登場を待ちわびてたという事での愚痴。ようやく会えて の嬉しさから思わず漏れてしまったという感覚でしょうか。  今回の内容に対して、これまで積み重ねてきたものがレレナと舞、あるいは亮史との関 係の変化を掘り下げる事を意図としていたと考えると実にしっくり来るんですよね。本編 に突入する為の下準備がようやく完了して物語に上弦を迎えたという感じで。  だから個々の感情が深い部分までよく描けてるし、上弦の介入が更に複雑な絡み合いを 引き立ててくれるので面白かったです。場面転換も気にならなくて……というより前巻ま でと同じくらいあったろうけど内容に浸り続けてすっかり忘れてたってのが正しいかな。    上弦が際立ってたのは初お目見えなせいもあるだろうけど、彼女の心情中心で展開され たストーリー。過去の話で亮史との関係の深さも実感出来て良かったし、何より上弦自身 が想像してたよりずっと魅力的で惹かれるキャラクターだったのは嬉しい収穫。  亮史だけに見せる脆さやツルへ向けるそれとは別な柔らかい眼差し、逆に想い人の側に 寄り添うレレナを突き刺すような激情などなど、いいな〜と思わせてくれる所が正直レレ ナや舞の時より多いのは複雑な心境。どうにも綺麗に事が済みそうにないので気になるの と、何となく半端なまま終わってしまった感じがあってか続きが非常に待ち遠しいです。  既刊感想: 2003/02/14(金)吸血鬼のおしごと3 The Style of Specters
(刊行年月 H14.10)★★★☆ [著者:鈴木鈴/イラスト:片瀬優/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  あっちを立てればこっちが立たずを繰り返してた舞とレレナの二枚看板ヒロインも、3 巻目にしてようやく双方が引き立ちしっかり噛み合ったかなという印象。  まず今回の主役である舞の感情――悩み・迷い・苛立ち・悲しみ・妬み・憎む、などと りわけレレナに向けられた負の方へと歪んだ葛藤が、読み手に訴え掛けるように切なさを 伴った強さで描かれている。発端は家族に触れた事から、大部分は亮史が好きで好きで大 好きで自分の中の全てであって彼が居なければ幽霊である存在意義が消えて無くなってし まうので他の誰にも取られたくない、という強力でありながら何処か暗い影を落とした想 いがひしひしと伝わってくるような感覚。この部分が凄くうまいと思いました。そして舞 に嫉妬の激情をぶつけられたレレナも、亮史への感情を持て余し葛藤しつつ、遠慮や他人 行儀を棄てて真正面から必死で舞と向き合おうとする。  こんな風に舞とレレナが自己の存在感を出して、更にお互いを引き立て物語を深めてゆ くというのが前巻まででは余り見られず物足りないと感じていた所で、ずっとこういうの を望んでたんだよという満足感は大きかったです。  ただ毎度の如く諸手を挙げて『いい!』と言えない要素があるのもこのシリーズの微妙 なとこなのですが。とりあえず舞とレレナの事で喜んではみたものの、今度は本来主人公 の亮史が全然立ってないオチ。ただ亮史の場合は元々存在感が弱い上に、今回吸血鬼の本 性も出さずの脇役に徹しているのでそれ程気にはならず。でも舞の母親の気持ちに関して は、曖昧にせず直接舞と再会して何らかの決着をつけて欲しかったかも。  それから前々から引っ掛かっているのは視点散漫な点。どうしても落ち着きない忙しな い見境ない……と印象がイマイチな方へ傾いてしまうのですが、これはもう作品の持ち味 と見るべきなのか。視点を散らす事で万遍なく主要キャラの心情描写をしっかり描けてる と思うので確かに良い方向へ発揮されてるけど、その反面バラバラで少々まとまりに欠け るような気も。個人的には例えば今回だったらメインに舞を据えて彼女を追いかける形で 物語を展開させてくれたら、と。もっとも、巻が進む度に面白くなってきてる手応えも確 実。このシリーズは期待があるからどうも毎回色々言いたくなるんですよね。  既刊感想: 2003/02/13(木)Missing7 合わせ鏡の物語・完結編
(刊行年月 H15.01)★★★★ [著者:甲田学人/イラスト:翠川しん/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  シリーズ中最も鳥肌総立ちした描写が119頁から淡々と……もう鳥肌とかいうレベル を軽々超えてるような気もしますが、さすがに衝動的に本をパタリと閉じたくなってしま った辺り、今回は耐性弱いと本気でやばいんじゃないかとまで思ってしまいました。が、 そういう描写が自然に内容に溶け込んでるのはさすがと言うか見事と言うか……しかしこ れは……きつかったかも……。  そんな痛いシーンありの鏡の物語後編。今まで聖創学院の片隅で一部の人間にだけにし か影響しなかったものが、一気に学院内全体に浸透した事で大きな転機を迎えたのだと見 るべきなのかな? 今回は鏡の『物語』により引き起こされた怪異が何とか辛うじて食い 止められただけで、根本的な事は何一つ解決されてないという曖昧で困った結末。  なわけで読了して早々に続きが気になってしまったのですが、少なくとも武巳、俊也な どは次巻で更に窮地に陥りそうなのは目に見えてる感じで、主要キャラクターの多くが精 神的に不安定なのは怪異の過酷さが増す中で非常に気になる所。稜子にしても封じられて た過去の記憶がおぼろげに甦りそうで、もしハッキリ思い出したらどうなるか……。何に おいても感情が欠落してる空目はともかく、亜紀も外面は平気そうだけど案外内面脆いっ てのは過去で実証済みだし。このテンションで佳境へ突入するのか、それともまだまだ終 わりは見えないのか。    ただ、詠子の位置付けが大分明確になって来た事(と言ってもその行動心理は相変わら ずよく分からんですが)と、空目が彼女をハッキリと“敵対する者”として認識した事か ら数歩前進てとこで加速度と恐怖感増して面白くなりそうな予感はします。  不明瞭と言ったら詠子より神野の方が余程掴み所のない存在で、きっと空目達は彼とも 対立して行くんでしょう。今回は空目も含めて今まで以上に後手後手に回りっ放しで、優 位に立てた箇所がまるで無かった事からも今後の苦戦は必至。そんな状態で次はどういう 『物語』と相対するのか……楽しみです。  既刊感想:


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