NOVEL REVIEW
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07/20 『吸血鬼のおしごと5 The Style of Master』 著者:鈴木鈴/電撃文庫
07/20 『桜色BUMPII ビスクドールの夢』 著者:在原竹広/電撃文庫
07/19 『しにがみのバラッド。』 著者:ハセガワケイスケ/電撃文庫
07/17 『アンダー・ラグ・ロッキング』 著者:名瀬樹/電撃文庫
07/16 『学校を出よう! Escape from The School』 著者:谷川流/電撃文庫
07/14 『撲殺天使ドクロちゃん』 著者:おかゆまさき/電撃文庫
07/13 『クリスタル・コミュニケーション あなたの神様はいますか』 著者:あかつきゆきや/電撃文庫
07/11 『まぶらほ 〜アージ・オーヴァーキル〜』 著者:築地俊彦/富士見ファンタジア文庫


2003/07/20(日)吸血鬼のおしごと5 The Style of Master

(刊行年月 H15.06)★★★★ [著者:鈴木鈴/イラスト:片瀬優/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  前巻からの続き。今回はタイトルが示す通り、逃げるレレナに嫉妬の炎と残虐性を剥き 出しにして迫る上弦、足止めとして組織に追い詰められながら徐々に吸血鬼の本性を覚醒 させてゆく亮史、この二人の吸血鬼の主人<マスター>が軸となって描かれています。  何と言っても際立っていたのは亮史と上弦の圧倒的な戦闘能力。逆立ちしたって埋めら れようのない『主人』と『従者』の歴然とした力の差や、吸血鬼の冷酷・残虐・残忍さと 言った本能などを、主人のあくまで“快楽としての殺戮”という感覚の中で容赦なく見せ 付けられたような気分。誇張なしで鳥肌が立つような描写はかなり堪えました。  以下ネタバレで、大体読んでいけばどこら辺を指してるのか一発で分かるでしょうが、 骨を砕かれ腕を折られ止めはブロック塀に顔面を叩き付けられる事計十回……全ては上弦 の嫉妬心による執念がレレナの逃げの心を上回った結果。正直メインヒロインの一人にこ こまでするか? という嫌悪にも似た衝撃が走ったのですが、それは彼女が再生能力のあ る吸血鬼の従者だから思い切りやれた事なのだろうなと。しかし直視するに絶え難い程レ レナを叩き潰してまで、より一層上弦の彼女に対する嫉妬心と潰す事で快感を得ようとす る残虐心、これらを引き立たせているような徹底ぶりには脱帽しました。    このシリーズの特徴の一つとして、これまで幾度も視点変換が頻繁で誰を中心に据えて るのか分からず落ち着きが無い……とぶちぶち不満をたれてきた所、しかし今回の印象は 全く逆。目まぐるしく変化を続ける緊迫した状況の中、どのシーンも誰の行動も一時たり とも目が離せない、そんな気持ちにさせられる内容で様々な展開を追うべく頻繁に視点変 換しているのが実にうまく効いてるなと思いました。  他にもシリーズの最初の方で、やれレレナの存在意義が無いだの今度は舞の方が存在意 義無いだのヒロインが二人である意味が無いだの続けてゆく上で話の方向性が全然見えな いだの、と文句たらたらだったのですが、それらは今回のあとがきを読んでかなり納得さ せられる部分が多かったです。3巻まで費やして物語を掘り下げながらの前フリで下準備、 4巻から満を持してメインストーリーが動き始める。最初からこういう構想で描かれてい たのにはおみそれしました(ちょっと最初の方の感想書き直したくなってきた)。  個人的にはうなぎ上りで感触が良くなっていて、ここまで来てようやく成熟した感のあ るこのシリーズ。今回のラストから更に先へ続くような展開、亮史や上弦の行動にも抱え る気持ちにもまだまだ目が離せないし、レレナや舞やツキや猫達の行方に真田と組織の存 在や関わりなど色々気になる所も多いし。なので続きが楽しみです。  既刊感想: 2003/07/20(日)桜色BUMPII ビスクドールの夢
(刊行年月 H15.06)★★★★ [著者:在原竹広/イラスト:GUNPOM/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  近隣学生の連続行方不明事件が発端のミステリ調で始まり、実情は事件に根深く絡んで いるアンティークドールの影響で徐々にホラー色が濃くなってゆく展開。  このジャンルの取り合わせは前回とほぼ一緒、どちらに転んでも強く印象付けるような 派手さは少々薄いし割と先読みし易い内容ではありますが、今回読んで特に感じたのは起 承転結のバランスがうまく取れていたという事。無駄が少ない綺麗な仕上がりとでも言い 換えられるのかな? 最初から最後まで物語の展開に引っ掛かる箇所はほとんど見当たら ず、全体的に手堅い作りでしっかりまとまっていたと思います。元々文章表現自体は前巻 でも良いなと思える部分が結構あったので、その辺は期待に違わずと言った所。     続編となる事で最も不安だったのが前巻で致命的に拙かった点、不思議屋店主の存在と 扱い方。そのせいで内容をかなりダメにしてくれたので、また同じ行為をやらかしてたら どうしてくれようかと思ってたのですが……今回は非常に良かったです。何で前巻もこう いう位置付けにしてくれなかったのかと悔やまれるくらいに。  今回不思議屋は完全に端役に徹していて、主な役割としては切羽詰った桜子や悟郎に仕 方なく助言を送ってやる程度。それも一発で事件解決に導くような重要ヒントではなく、 ほんの些細な手掛かりだけで「後は勝手にやってくれ」気分の我関せずな傍観者的態度。 だから事件そのものには全く触れていないのですが、今回みたいなポジションこそ不思議 屋には一番適してるような気がします。彼が出張らない結果、特殊能力で事件を勝手に解 決されない→桜子の見せ場が奪われない→終盤の盛り上がりが失われずに済む、となる。  最終的にはこうなって欲しいと思っていた展開――“何の特殊能力も持ち得ない”桜子 と悟郎が“必死になって自力で事件を解決する”ように描かれていたのも好感触。  桜子は相変わらず淡々と冷めた性格。でもやっぱり妙に不思議な魅力のあるキャラで好 きですね。前巻と比べて桜子の家族の事や過去に関わる事が大分明確にされていたのも好 感度上昇に繋がる要素。悟郎に対しては、表面上も内面も本当に何とも思ってないように 描かれているけれど、実は肝心な所では連携が効いていて通じ合ってるんだなというのが 良く分かる。まあこのままじゃ口喧嘩仲間以上には発展しなさそうだけど。  こんな性格でクラスじゃ敬遠されず孤立もせず(本人はたとえそうなっても全然意に介 さなさいだろうけど)、むしろ彼女に対して女子は好意的、男子は「高嶺の花」的な好感 を持っている所が悟郎に言わせると七不思議のひとつとなるそうな……確かに納得。    既刊感想: 2003/07/19(土)しにがみのバラッド。
(刊行年月 H15.06)★★★☆ [著者:ハセガワケイスケ/イラスト:七草/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  少女は白い髪に白い服に赤い靴が特徴的な容貌。頭に輪を浮かべたら天使と呼んでも全 く違和感無い程でも、抱える大鎌が示す通りの死神さん。身分証明のナンバーが“一〇〇 一〇〇”で百々=モモ。死神と対極にあるような容姿と同じように、命を狩る存在であり ながら命を救う意思を持って人間に干渉しようとする「変わり者」。  連作短編形式で、モモはこの物語の主人公であり象徴ではあっても“主役”とはならず、 各話にて死に関与する登場人物達の導き手という扱い。どれも話の中心は死の感覚に接触 している人達だから、実は全体の中でモモが登場する割合ってのは随分少ない。縁の下で 根幹を支えてると言えるのかな? こういったモモの存在感の見せ方がこの物語のスタイ ルなんだとしっかり確立されていて、なおかつそこに面白味が感じられるような所は良い なと思いました。    モモは目立たず騒がず焦らず表に出ず、けれども肝心要のシーンではハッキリと関わる べき対象人物に方向を示してみせる。ただそのほとんどが死を指すのではなく生きる方へ 指すものだから死神としては「変わり者」のレッテルを貼られてしまう。  しかしどうしてモモは死神らしくない、その存在意義とは全く逆の感情を抱いて自分の 道を進むのか? その辺があまり掴めなかったのが不満となってしまっていたかも。  今回では彼女に関して、断片的な手掛かり意外は全くと言っていいくらい語られていな い。あくまで傍観者的な位置付けに徹しているので身の内を明かす機会が見当たらなかっ たわけですが、この先続くような伏線を匂わせるものがあるにしても、もうちょっと出し 惜しみせずに深い部分まで描いて欲しかったです。結局モモ自身に触れる部分が少なく、 元々淡白であっさり描写が特徴な文章と相まって、彼女の印象が弱く稀薄なものと感じら れたんですよね。せめて短編の中でモモが“主役”を張るエピソードでも織り交ぜてくれ ていたら、また印象は違ったものになっていただろうかという気もするのですが……。  短編連作で1話毎にそれそれ違った死の形を見せてゆくような形式は、もし続編が出て もネタが尽きない限りは面白いものを描いて行けるのではないでしょうか。今度はその中 で今回足りないと思ったモモに関する部分を徐々に明かしてくれたらなと。 2003/07/17(木)アンダー・ラグ・ロッキング
(刊行年月 H15.06)★★★★ [著者:名瀬樹/イラスト:かずといずみ/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  第2回電撃hp短編小説賞受賞作。  10歳の時、徴兵で戦争に放り込まれた一人の少年と一人の少女の物語。何年経っても 終結する兆しのない戦争、帰る場所は自らが戦いに身を置く飛行船砲の中だけにしか存在 せず、夢や希望なんて言葉など霞んで消えてしまいそうな現実。  最初に想像してたのは、過酷な戦争の中にあっても必死に生きる少年少女の優しく微笑 ましい触れ合いを描いたもの、でしたが実際にはそんなに甘く生易しいもんじゃなかった です。確かに春と雪生は寄り添う事で安らぎを得られてはいるけれど、それ以上にお互い が相手に深く依存する事で辛く切ない激痛に身を削られ続けている。これは他人を排除し て二人だけの世界を望むような、春と雪生の気持ち(どちらかといえば春寄りかな?)そ のままに描かれているので、晒されている感情が余計にずしりと圧し掛かって来ます。  世界が歪んでいれば人間の心にも歪みを生じさせ、信じられないとか嘘だとかと否定の 叫びを上げたい事が現実のものとして幾つも幾つも起こり得てしまう。非現実のような戦 争の日々も慣れてしまえば麻痺するように普通になってしまう。支え合い依存し合いなが ら、そんな様々な歪んだ傷を蓄積させてゆく春と雪生の感情が堪らなく痛い。  それほど深く書き込んで見せるような文章ではなく、どちらかと言えば淡々とした表現 で見せる文章なのだけれど、これだけハードで重苦しく絶望視するしかない現実の中で、 痛々しいまでに少年少女の気持ちを描けているというのは見事だなと思いました。  物語の構成は少々変わっていて、第1話「雪の彼方へ」の年月日を起点にして、第2話 で過去に遡り徐々に第1話へと近付いて行くように組み立てられている。こういう見せ方 は、目次の年月日みたいなのがないと時系列を見失い易いという難点はあれど、捻りが効 いていて面白い。  しかし今回の中で最もやっかいな問題は最後の一行。このまま終わられても「はぁ?」 と言うのが精一杯で全然納得出来ません。この言葉が示すような状況、少なくとも今回の 中ではあり得ないので未来の断片を指している事になるのだろうし、過去の出来事を振り 返るように語っている雪生の現在も多分そこにあるのでしょう。何にしてもこれじゃスッ キリしなさ過ぎなので続きを切望。 2003/07/16(水)学校を出よう! Escape from The School
(刊行年月 H15.06)★★★☆ [著者:谷川流/イラスト:蒼魚真青/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  超能力者だけが集められた学園の中で、双子の妹を持つおにいちゃんが主人公。この設 定でおにいちゃんが妹に欲情したり溺愛したり、逆に双子の方がどちらもおにいちゃん大 好きで奪い合いの果てドロドロにまみれた三角関係が展開してゆく……なんて内容では全 くありません。ちょっと他と違ってるのは双子の妹の片割れ・春奈が幽霊だという事。独 占欲の強いブラコンでおにいちゃんにべったりなのはお約束としても面白味のある設定だ なと。ただ、もう片方の妹・若菜の方がおにいちゃんに関心無しなので、双子でおにいち ゃんを巡って取り合いにはならない(元々そっち方面に向かうような内容ではないけれど)。  一人称文章のせいか「この物語の主人公のフルネームを答えよ」と問われて、すぐに思 い出せないくらいフルネームが作中で出てこない主人公・高崎佳由季。モノの見方が冷め てるというのか、結構我関せずな所ありで感情を抑制してる部分が目立つ性格が、あちこ ちで印象深く感じられるのは良いなと思いました。そういう性質なもんで容姿の可愛らし い双子の実妹がいても、表向きそれが当り前だろうと言わんばかりなごく普通の兄妹とし て以外は別にどうともな感情。もっとも、彼は究極的には双子のどちらをとるか選択を迫 られる事になるのですが、それは“どちらが好きか”とは全く別次元の問題。  以下ネタバレで、春奈を取れば若菜がほぼ無期限状態で拘束され、そうならないよう若 菜を取れば結果的に春奈が消滅してしまうというもの。佳由季にとってはまさに究極の選 択。この問題を生徒会長室で引っ張り続けてなかなか結論に辿り着かない終盤は、多少じ れったく感じつつも充分手応えを得られたので良かったです。結局最後に決着をつけたの はのは春奈だったので、どんな結末でも佳由季自身で決断を下して欲しかったのですが…… 確かにおにいちゃんにはキツイ選択、彼の葛藤がよく表れてたと思います。  作中何度か出てきた宮野や真琴の“春奈と若菜どっちが好きか?”な問い掛けがこの展 開の伏線となり、二人ともからかい混じりで実は全て見越していたのかも知れない。  春奈の幽霊故の稀薄な気配や、若菜の天然のほほんな雰囲気は充分感じられましたが、 こういう展開なら春奈にしても中盤まで脇に追いやられてた若菜にしても、もうちょい見 せ場を与えて存在感を出して『溜め』を作ってくれた方が良かったような気もする。  あとは中盤までじっくり描いているようで、後半部分がやけに急ぎ足でぎゅうぎゅうな 詰め込みだったかなという印象。一応消化はしていても、特にPSYネットと優弥に関す る事はまだまだ突き詰めて描けたのではないのだろうかと。この辺が惜しい点。長い目で 見て、続きになってもいいからじっくり描いて欲しかったかも。  キャラクターは楽しくて良い感じでした。忘れたくても忘れられない変な奴らばっかり で。お気に入りなのは真琴。嫌がらせのように佳由季ちょっかい出してるけど、結局はベ タ惚れなんじゃないか? まあはぐらかしてばっかりなので本心はどうだかですが。 2003/07/14(月)撲殺天使ドクロちゃん
(刊行年月 H15.06)★★★★ [著者:おかゆまさき/イラスト:とりしも/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  ドクロちゃんによるドクロちゃんの為の物語。これすげーよと本を持って他人に見せび らかしたいくらいハマってしまうか、あるいはこれをちょっとでも読んでしまった事実を、 選択してしまった己の不甲斐なさと共に抹消してしまいたくなるか。多分中途半端にどっ ちつかずってのは少なく、合うか合わないか? 好感か嫌悪か? 読んだ場合の感想はか なり見事に真っ二つに分かれてしまうような気がする。  あまりに不条理で極端におかしい部分が多過ぎるし、某作品のネタを清々しいくらい完 璧に使用してるし、他にもあちこちから変な小ネタを引っ張ってるし、ストーリーはあっ てないようなものだし、誉めるべき点の3倍は指摘したい欠点が目に付くこの作品。  しかし、個性が強烈過ぎて恐ろしいくらい手に負えないドクロちゃんというキャラクタ ーの存在感……これを存分に披露して思うがままに描き切っている唯一点についてだけは、 本気で拍手喝采を送りたいくらい見事だと思いました。  何かと言うとすぐにトゲ付きバットで撲殺するわ人の話は聞かねーわ騒動ばっかり起こ しやがるわ、とドクロちゃんの性質を指折り数えてゆくと桜くんが不憫さばかりが際立っ てしまう。それでも小動物のような可愛らしさと無邪気さは得だよなーと思いつつ、案外 憎めない所もあるんだよなー、というドクロちゃんに対する己の気持ちを桜くんはちゃん と自覚している。だから何だかんだで流されつつも付き合ってられるのかも知れない。  ストーリーは背景や骨格が無いのではなく、一応あるんだけどこれっぽっちも活用する 気が窺えないというのが近いのかな? ドクロちゃんが桜くんにくっ付いてるのにもそれ なりの目的があるし、桜くんがサバトちゃんに付け狙われる理由だって(かなりしょーも ない理由だけど)存在するし、ドクロちゃんやサバトちゃんが所属する『ルルティエ』な る組織も設定されている。ただ、それらを全く物語に絡めようとする気が無いだけで。  キャラクターは誰も彼もおかし過ぎるくらい個性爆発で好感触だけど、まるで一発芸の ような内容も続けて2度は通用しない。おバカなノリも好きだけど、もし勢い付いて続き が出るのだとしたら、今度はストーリーで唸らせてくれる何かを見せて欲しい。 2003/07/13(日)クリスタル・コミュニケーション あなたの神様はいますか
(刊行年月 H15.06)★★★★ [著者:あかつきゆきや/イラスト:ぽぽるちゃ/メディアワークス 電撃文庫]→【
bk1】  素直に染み入りました。良かったです。以下ネタバレ反転。  登場キャラクターは少数、物語は主にアルとケイとの触れ合いから心を揺らす小波を幾 つも描き、徐々にお互いを理解しながら絆を深めてゆくというもの。まず読んでみて、も っともっとアルとケイの二人だけで共有する時間を描いて欲しかった……と真っ先に思っ たのはその辺の描写に少なからず物足りなさがあったからなのか、と。  同じような事が言えるのは森田の自殺に関してもそうで、やや唐突過ぎる挿入、もう少 し良くない風に表すなら取ってつけた感があったかも知れない。アルに絡めて彼の心情を 描くのだとしたらこれより幾らでも丁寧にやりようはあったと思うし、でなければそれを 削ってでもアルとケイの事を重視した方が良かったような気もしたのが正直な所。  ただ、ケイは自身の生が残り僅かな運命であるのを知ってしまっているから、長い時間 を経てアルと気持ちを確かめ合う事が出来ない。だからあえて二人の関係をじっくりとは 描かず、限られた時間の中で駆け抜けるようにあっさりと過ぎ去ってしまうように見せて いるのだと考えれば、物足りないのも許容範囲で納得。見方を変えれば残されていた時間 の少なさを際立たせている、とも取れます。森田の自殺についてもケイが知った時にはも う死期が直前まで迫っていて、それなのに彼の性格がその警鐘を周囲に広げなかったせい で、突然の死が唐突過ぎるものに映ってしまったのかも知れない。  なんて実に都合のいい解釈ですが、もし意図的に狙っていたのだとしたら、まんまと思 うツボにハマってしまったって事になるのでしょうかね。印象に残ったものとして、ラス トシーンで最後の欠片がパチリとはまるような音は実に気持ちの良いものでした。  望む望まぬの自意識を完全に無視して、誰彼構わず垂れ流れるように他人の感情が音と なって聞こえてしまう。こんな戯言みたいな絵空事、どんな人間に話したって信じやしな いだろうし、逆に頭のおかしな奴と認識されて蔑まれるか気味悪がられるか良い精神科の 病院を紹介されるのが関の山……普通ならば。  ケイは自身の能力から充分過ぎるくらいそれを知ってる筈で見通せてる筈で、だから不 特定多数の中で普通とは色の質感が違って見えるアルの存在を探し出してしまう事さえ突 然でも偶然でも何でもなく、彼女にとっては唯の予定調和であり必然でしかなかった。  一度アルと別れて再会した時は本当に偶然と言っていたけれど、これこそケイにとって 最も救いとなる必然だったんじゃないかなと思います。アルの純粋な色=水晶色を持って いるという事がケイの能力に対しての適応力であり、そこから成り立ってゆく二人の関係 から清々しさや心地良さ、そしてやるせない悲しさや切なさが綺麗に感じられました。   2003/07/11(金)まぶらほ 〜アージ・オーヴァーキル〜
(刊行年月 H15.06)★★★☆ [著者:築地俊彦/イラスト:駒都え〜じ/富士見書房 富士見ファンタジア文庫]→【
bk1】  長らく出なかった書き下ろしの長編シリーズ第2巻。連休中に山間の別荘地でバカンス な話。いつもの如く和樹一人に対して女の子3人――夕菜、凛、玖里子という構図。前半 部の出発準備段階では主に夕菜と玖里子で和樹を取り合い、言われも無いとばっちりを凛 が受けているようなラブコメ要素満載。  しかしやっぱりと言うべきか中盤以降で全く雰囲気が異なってゆく展開。この男1:女 複数の状況で単なるお約束なドタバタラブコメにならず、読み手が期待してるような物語 の方向性を絶対取り違えてるとしか思えない所は、逆に面白い要素にも見えてしまう。  前巻の時と同様に、これだけの素材を素直に料理しないのはどうにも捻くれてるなと感 じずにはいられなかったのですが、連載の方で散々繰り返し描いているので飽きた……も とい同じ事をやっても面白味が出せないからという意図で路線の違いを描いてるのだろう か? とか勘繰ってみたり。まあ結局の所、連載版に対してこの長編がどういう位置付け なのかサッパリ分からないのが一番問題のような気もしますけど。長編なので連載の合間 に入れられるようなエピソードでもなし、過去回想でもなし。なので世界観・キャラ&相 関関係・各種設定はリンクしていて、ストーリー背景と展開のみ完全に別モノ(ってのも 何だか妙な話ですが)と割り切って考えた方がいいのかも知れない。  今回も中盤以降はサスペンス&アクション。敵の殺戮度が増す事により目を背けたくな る悲惨さが相次ぎ、和樹達が得体の知れない暗殺者に徐々に追い詰められてゆく危機的状 況での緊張感や焦燥感の描写はうまいなと思いました。今回の黒幕の存在は途中で掴めた のが想像通り、それに関連した途中での夕菜と凛のやり取りが印象に残ってます。  あとは和樹、本当にこれ程予想外もいいとこで男らしさと行動力を魔法の力に頼らず” 発揮してるのには驚きです。もし今後万一魔法を使う事になったとしたら、後残り3回の 命なのだから、やっぱり慎重かつ悩み抜いた上で使用するような心情で見せて欲しい。  ただ、長期間開けての続きで敵に関する事やかおりの素性についての情報が、前巻とな んら変わってないのはどうかと思う(夕菜の力は断片だけも描かれてただけマシでしたが)。 良いとこ差し引いてもこう隠されてばかりではかなり欲求不満も募ってしまう。せめて物 語の核心に触れると思われる『彼』の存在だけでもいい加減見せてくれないと……。  既刊感想:〜ノー・ガール・ノー・クライ〜


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